夕暮れ時、母がお勝手でごはんの支度をする姿を見るのが大好きでした。なぜなら、私の母は当時にしてはとてもハイカラなお洒落さんで、とびきりの料理上手！私たち世代の子ども時代には珍しく、ピラフを鍋でイチから炊き上げたり、ハンバーグやグラタンなどの西洋料理を作ってくれたり…と、毎日がご馳走。兄、弟、私の三人は、いつも夕飯が待ち遠しくてたまりませんでした。
お勝手で働く母を見ていると、食材たちがあっという間に手際よく料理され、家族のお気に入りの器に盛られていくのです。それが次々とテーブルに、彩り豊かに運ばれて行く様子は、幼い私にはまるで魔法のようでした。私の料理の原点は、全てそんな幼い頃の風景の中にあるような気がします。
ホワイトソースをなめらかに炊き上げる方法や、温かい料理を温かい内に味わうためのテーブルの支度。色ご飯には、お箸、器もざっくりとした風合いのものを選んだほうが似合うことも、シチューならばどんなお皿がぴったりなのか、なんてコーディネートも。今思えば、母の後ろをチョロチョロとついてまわりながら、「家族を笑顔にさせる方法」と「料理の楽しみ方」の両方を、ごく自然に身につけていたのだと思います。
今、アトリエのキッチンで料理する手を止めふと周囲を見回すと、そこには少女時代の私、フランスでの修業時代の私、そして現在の私がいるような気がします。
母から私へと受け継がれた道具たちが並ぶこのキッチンは、つねに私の原点であり、そして多くの“師”から譲り受けた知恵です。それを私はいつまでも大切に胸に抱いています。
「オー・コアン・デュ・フー」は、母の作る家庭料理で育った私が、プロの料理人に学び、さらに幾つもの国に旅をし、すばらしい家庭料理と出会ってきた中で「これだけは、未来につなげたい」とい感じたものを、みなさまにお伝えする場所。
まるで母が娘に手書きのルセットを贈るように、私からみなさまへ、素朴で温もりあふれる「母たちの知恵」をお届けするアトリエです。